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夏服の少女達 2011-05-17 未分類 トラックバック:0コメント:0

夏服の少女達(脚本 山内太陽) 


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【キャスト】(1:7:1)

♂ヨシコ弟、緑の父、佐々木先生、誰か:
♀藤本桂子(ヨシコ):
♀山田緑(緑ミドリ):
♀奥津牟(ヒトミ):
♀森脇瑤(瑤子ヨウコ):
♀大下靖(靖子ヤスコ):
♀築地先生/ヒトミ母/おばさん:
♀ヒトミ姉/ヨシコ母/光谷先生:
不問ナレーション(N):





       (おおたがわ)(さんかくす)
N:広島の町は大田川の三角州から生まれた。

 北の入り口では川は大きく枝分かれし、少し流れた七つの川になり、くねりながらゆっくり海にそそぐ。

 三角州の町を縁取るように、東と西に低い山々が続く。
                        (こい)
 その西の山と山手川に挟まれた町が己斐。

 汽車の駅と、宮島線の電車の駅と、市内電車の始発駅もある広島の西の玄関である。

 昭和20 年4月、己斐峠の山道は藤本ヨシコが県女へ通う楽しい道となった。

 「県女」と呼ばれる県立の女学校は、広島の少女達のあこがれのエリート校だった。
                                    (おもや)(いどば)
 起床4時半。寝巻きの上にかっぽう前掛けをするとヨシコは母屋の井戸端へすっとんでいく。


ヨシコ:「おはよー!」 「おはよー!!」


N:耳の遠いおばあちゃんにヨシコの声はなかなか聞こえないようだ、こうしてヨシコの一日が始まる


ヨシコ母:「はよう食べて、元気に行っといで」


ヨシコ:「ありがとう母さん」


ヨシコ母:「子供が親にありがとうなんか言うもんじゃない」


ヨシコ:「はーい。母さん大好き! ・・・あ〜おいしかった。ごちそうさま!」


ヨシコ弟:「わぁ、姉ちゃんもう食べたんかぁ」


ヨシコ:「今日から勉強が始まるのっ」


ヨシコ弟:「県女の生徒とか、姉ちゃんすげぇ!」


ヨシコ母:「あんたもはよう顔洗ろうて来んさい。姉ちゃんに負けんように、学校行ってしっかり勉強するんよ」


ヨシコ弟:「はぁーい母さん」


ヨシコ:「んじゃ、私は行って来まーす!」


N:ヨシコ学校へ行く


ヨシコ母:「やっぱりあの子を広島の女学校へ行かせてよかったよ。

      学費もなかなか大変じゃけど、私が父さんのぶんまで働いてなんとかせにゃぁね」


N:県女の入学式は4月6日で、その時ヨシコはこんな日記を書いている


ヨシコ:〈今日から私も輝かしい伝統と誇りを持つ第一県女の生徒なのだ。

    まず入学式。式がすむと各自の教室で受持ちの先生から、日常に用いる物など教えて頂いた。

    帳面を4冊いただいた。昼前に下校した。私の小さな胸は、第一県女の生徒となれた嬉しさでいっぱいであった。

    晩御飯は私の入学祝いで、私の大好物のライスカレーをして頂いた。

    私は嬉しくて何杯もおかわりして腹いっぱい食べた〉


N:ヨシコ学校へ着く


ヨシコ:「おはよー!」


緑:「おはよー!」


ヨシコ:「山田サンのトコ、このへん?」


緑:「うん、ちょっと上のほう。ここまでお母さんと一緒に来たの」


ヨシコ:「あ、あの人がお母さん?」


緑:「そうそう!うちのお母さん5年生の先生なんよ」

                          (そかい)
ヨシコ:「わぁーすごい!でも明日から5年生疎開するよね。お母さんも田舎行ってん?」


緑:「ううん、お母さんは残留組の先生」


ヨシコ:「そっかぁ。いよいよ決戦の時来たる、じゃね!」

           (いしうち)
緑:「あははは。でも石内から一人で歩いてくるとかヨシコは偉いなぁ。

   わたしはまだまだ甘えっ子なんかな。てか、そういや藤本さん、学校の本ある?」


ヨシコ:「いや、ない。石内には本を借りる上級生がおってんないから」


緑:「じゃあどうするん?」


ヨシコ:「親類のおばさんに頼んでみる」


緑:「わたしどうしようかなぁ〜ちょっと心配」


ヨシコ:「まぁ、もしなかったら見せてもらって帳面に写せばよいっしょ!」


緑:「偉いねぇ、藤本さん!」


ヨシコ:「だって県女の生徒ですから! ( 笑)」


緑:「んじゃ、そろそろ行こっ」


N:入学式の日、緑は優しい言葉でこんな日記を書いている。


緑:〈学校で、私たちの入学式がありました。私は6組です。

   私が無事に入学できたので、いつもは夕食はおかゆですが、特別に白いご飯をいただき祝いました〉


N:もうひとり、ひーちゃんこと奥津ヒトミのはりきり日記。


ヒトミ:〈私の希望はかなえられて今日から県女の生徒として第一歩を踏み出したのだ。

     昨年の3月逝った父が生前口ぐせの様に、ヒトミは第一県女に入れたいとおっしゃっていた事を思い出し、

     せめて今日の姿を見ていただきたかったと思えてならない。

     いよいよお国のために立派な女学生になるつもりです〉


N:その年、あこがれて入学した1年生は321 人。そのうち6組の少女たち54 人。

  場面は変わって、ヒトミの家


ヒトミ姉:「ヒトミさん、おかたづけは?!」


ヒトミ:「ひーちゃん宿題があるぅー」


ヒトミ母:「んじゃあすぐに二階にあがってしなさい」


ヒトミ:「いや、今からちょっと一休みするの」


ヒトミ母:「まったく県女の生徒になっても、ひーちゃんはダメじゃねぇ…」


ヒトミ姉:「母さんがそんな甘やかすからよぉ」


ヒトミ母:「県女の先生にびしびししつけていただくから、覚悟しときなさい」


ヒトミ:「はーい!」


ヒトミ母:「まったく返事だけはいいのね」


N:ヒトミ去る


ヒトミ姉:「まぁでも、あの子もかわいそうよね。

      あたしが女学生になった時には、制服も靴も帽子もみんな新しいの買ってもらったのに、

      あの子は何も買ってもらえんのじゃけぇ。」


ヒトミ母:「ホントよぉ。嫌じゃねぇ、戦争は。あんま大きな声で言うちゃあ叱られるけど」


ヒトミ姉:「ヒトミが生まれたときにはもう戦争が始まっとったんじゃけぇ、そう考えたら長いわな〜」


ヒトミ母:「県女の制服は上品じゃったねぇ。セーラー服にかちっとした短いネクタイで、帽子もおそろいだし」


ヒトミ姉:「お母さんが女学生のときは、明治じゃけぇ着物でしょ?」


ヒトミ母:「うん。はかまをはいて、革の編み上げ靴じゃった。

      学校帰りにはあんぱんを買うて食べたりして、昔の女学生は自由でえかったねぇ。」

                               (いつくしま)
N:場面は変わり、電車の終点宮島口から連絡線に乗って15 分ほど厳島の桟橋を右に曲がると、

  海辺の道はやがて赤い大鳥居を見せながら厳島神社へいたる。

  その近くにある岬のトンネルをくぐった所に、森脇瑤子(ようこ)の家があった。

  一年前に出征した父の写真に向かって、瑤子は毎日こう語りかけていた。


瑤子:「お父さんのピアノ、瑤子が大事に守ります。

    お父さん、戦争が終わったら、すぐに帰ってくるでしょ?

    瑤子、一生懸命ピアノ練習して、お父さんと一緒に演奏会に出るの。

    それまで、お父さんは上海、瑤子は広島で頑張ろ! 

    瑤子は県女に入って、4月と5月の副組長よ!

    校章のしたに、花びらみたいにたたんだ赤いリボンをつけるの。責任重大じゃ〜。

    6時10 分の連絡船にのって、電車に乗り換えて、また市電に乗って、

    県女は遠くて大変じゃけど、瑤子は家帰ったら毎日お母さんと一緒じゃけ、幸せよ。

    うしろの席の藤本さんのお父さんは出征なさっても、どこかわからなくて手紙が出せないから可哀相」


N:瑤子の日記にはこう書いてあった。


瑤子:〈今日は体育館で警報時においての注意があった。

   警報が発令された時は私達は、すぐに帰ることである。また遠方でかえれない場合には学校に退避すること〉

   〈今晩、私が副組長になったことを父に知らせた。この手紙が着いたらどんなに喜ぶことだろう〉



N:場面は変わり、そのころ山田緑は父とふたり、火鉢にあたっていた。

  のこり火にのせたあられ煎りのなかで、2にぎりほどの大豆が、音立ててはじけだした。


緑の父:「もういいぞ!」


緑:「おいしそうな色に、なったあ」


緑の父:「さましてから食べような、お父さんが1粒食べる、緑は2粒、その次は2粒、緑が4粒だ」


緑:「やったー、ありがとう父さん」


緑の父:「さあ、もうよかろう。食べよう」


緑:「お父さんとはんぶんこね!」


緑の父:「・・・どうした?ダイズは嫌いになったのかぁ?」


緑:「ううん、好き。お父さん、ずっと家にいるのかなって心配なの」


緑の父:「先のことは誰にもわからんよ。今はこうやって緑と一緒にダイズを食べる。

     たしかにあるのは、今だけなんだ。だから、大事なのは今なんだよ。

     ところで緑、学校で友だちはできたか?」


緑:「うん、藤本さん、己斐峠のむこうからくるんよ」


緑の父:「歩行隊はいっしょかい」


緑:「ううん、藤本さんは電車に乗っていく」


緑の父:「歩行隊はいいなあ。2列に並んでさっさっと前進するのは見とっても気持ちがいいぞ。

    さすが県女の生徒だ。まぁ、学校まではちょっと緑には遠いが、これも体を鍛えるためだ。頑張るんだぞ。」


緑:「はーい。」


N:朝がきて、また夜になって、少女たちは1ページ日記を書いて眠る。
                                                    (つづられて)
  入学式の日にもらった灰色の表紙の日記帳には、広島の女学生の4月がこんな言葉で綴られている。

  〈今日からいよいよ授業が始まった、私は大変嬉しかった。

  家事とかいろいろ今まで習ったことのない科目を習った。女学校へ来るのが楽しくてたまらない。

  明日も楽しみです。〉

  場面は変わり、4月30 日、月曜日の朝、サイレンがなる。

  敵の飛行機が来るぞ、来るぞと、毎日サイレンがなるのに、今日までなぜか広島は無傷だった。

  6組の少女たちが生まれるまえにはじまった中国との戦争は、世界じゅうを巻きこむ第二次世界大戦

  となって15 年目、日本帝国の最後は近づいていた。

  そして、少女たちの知らない所で、悲劇の秒読みが始まっていた。

  この日はじめて広島市に爆弾が10 発投下された。

  死者10 人。重軽傷者21 人。全半壊家屋29 戸。全半焼家屋10 戸。

  〈敵機来襲のため授業なし〉

  〈警報が出てもあわてず敏捷に行動する事〉

  この2行が、6組の生徒日誌に書きこまれている。それでも欠席者はたった2人。

  〈当番感想欄〉の所にはこんなことが書かれてあった。

  〈警戒警報がたびたび鳴るのでおちついて勉強が出来ません〉

  〈宿題は学校でやらずに、家でやってきたら良いと思います。〉

  誰も自分の死ぬ日を知らないから、今日も明日も、笑ったり怒ったりして生きている。

  今、美しい緑の季節の5月。原子爆弾投下の第一目標都市に広島が選ばれたのも、

  南の島のアメリカ軍基地で秘密作戦の特訓が始まったのも、広島では誰も知らないことだった。

  場面は変わって


築地先生:「共に学び、共に遊びましょう」


N:新担任の築地先生は少女達にそう言ったが、学校生活はどんどん学びからも遊びからも遠ざかっていく。

  戦争は男たちを戦場へつれていき、働ける者は皆女学生も中学生も工場へ連れて行った。

  広い県女の校内には、1年生と2年生がいるだけ。

  場面は変わって、ヨシコは普段は教室で授業の前に、汽車や宮島線で通う人たちと一緒に弁当を食べる。


靖子:「わたしの夢は、奈良の女高師へ行って先生になること」


瑤子:「わあ、古川さんと同じ」


靖子:「森脇さんは音楽、やるんでしょ?」


瑤子:「ピアニストになりたいの。ホントはね」


ヨシコ:「わーー」


瑤子:「どうしたんね?」


ヨシコ:「あのっ、ピアノをひくのっ?! 森脇さん」


瑤子:「うちにピアノがあるもん。お父さんに習ったんよ。

    小ちゃい時中学校のピアノ開きによばれて、トルコ行進曲をひいたんじゃ!」


ヨシコ:「ほんと?ビックリだわぁ!」


靖子:「奥津さんは市電の車掌さんになりたいんだって! タダで電車にのれるから得でしょ?って。
    昨日はね、すました顔で、おいしい物屋さんなんかやりたいって言っとったよ。
    おいしい物、なんでも売っとるお店だって!」


瑤子:「おいしいものいっぱいあるよ!・・・本当はなんにもないけど」


N:もう、誰も笑わなかった。

  場面は変わって、月曜日からはいよいよ夏服着用だ。朝、築地先生が教壇に立って言った。


築地先生:「実は先生、みなさんとの授業は6月いっぱいでおしまいです。

      7月には2年生も工場へ動員されます。

      先生は2年の担任になって観音村の工場へ行くことになりました。

      この夏の制服が先生の最後の授業です。

      分からないところはなんでも質問してください。そして、月曜日には、

      全員自分で縫った制服で登校するんですよ。

      先生楽しみにしてます。今は非常時です。戦争という大波からどうやってみなさんを守れるか。

      先生は考えても、考えても、分からなくて、本当は恐ろしいのです。

      先生の本当の気持ちを聞いてもらうこと、一生懸命夏服作りのお手伝いをすること、

      今はただこれだけしかできないのです」


N:この時のことを少女たちは日記にこう書いている。

  〈制服は去年までは白色でしたが、今年は白色ではなく、

   カーキ色かねずみ色のようなきれで制服を作るようになりました。

   それは何故かと申しますと敵機来襲の時白いものは目標になりやすいので、

   今年は国防色かねずみ色にしたのだそうです〉

   場面は変わって、7月、ヒトミが副組長になった。顔も体つきも性格もまるで違うから、組長になった靖子と名コンビだった。

   ヒトミは定規をあてたきれいな字で日誌を書く。


ヒトミ:7月1日 日曜日 曇り 

    〈今日は補習授業だ。4時間目の組常会で、先生から副組長に任命されたときは、何とも言えない嬉しさであった。

     家に帰って、副組長に任命されたことを母に告げると、母は喜んで嬉し涙さえ出しておられた。

     父の霊前にも報告した。

     母に喜んで貰うことが父なき私の何よりの孝行である事を想い、今更しっかりしようと心に誓った。〉


N:7月9日  月曜日 緑の日記。


緑:〈先生から油脂焼夷弾のお話をうかがった。

   焼夷弾というととても怖いような気がしていたが、

   先生から聞いてこれは簡単に消せるものだとわかったので、立派に消化につとめようと思う。〉


N:16 日、緑は風邪を引いて学校を休む。

  この日、2年生は学校を出て工場へ働きに出かけた。

  そしてその頃、アメリカの砂漠では原子爆弾の実験が成功していたのだった。

  23 日の緑の日誌


緑:〈今日は珍しく五回も警報が出た。実業で竹屋町の農場へ行って働いた。

   とても暑かったが、がまんして一生懸命に仕事をした。私は、手に豆が一つ出来た。〉


N:24 日も5回空襲警報発令され、呉の港と町がやられた。

  26 日は授業が4時間あった。物理の考査や生物など。


ヨシコ:〈木村先生は相変わらず面白い。皆笑ってしまう〉


N:とヨシコは書く。

  この日、日本に降伏を勧めるポツダム宣言が発表された。

  28 日は呉で空襲があったため休校。港の軍艦の半分が海に沈んだ。

  30 日は朝から空襲になったり解除になったり。そのあいだは作業ばかりだった。

  31 日、ヒトミは38 度の熱が出で学校を休んだ。帰りに緑がよって家事の宿題を教えてくれた。


緑:「月曜日から、建物疎開の作業で、14 日までにやるんだと」


ヒトミ:「そっかぁ〜」


緑:「大丈夫、ひーちゃんはすぐ元気になるよ!」


ヒトミ:「ありがとう」


N:あと一週間、少女たちの持ち時間はたったそれだけ。

  残された時間の中を、なんにもしらない少女たちはみんなかけていった。

  8月6日のほうへ。

  場面は変わり、8月6日午前2時15 分。警戒警報解除。緑は目をつむって布団をかぶる。

  サイレンには慣れているはずなのに、何故か今日は怖い。

  まるで裏山が身ぶるいしているようだった。

  そしてその頃、南の島テニアンの飛行場から大型爆撃機B29 が一機飛びたった。

  その名はエノラ・ゲイ。

  つみこんだ爆弾は一つ、直径70 センチ、長さ3メートル、重さ4トンの名前はかわいいリトルボーイだったが、

  三千機のB29 がつみこむ火薬1万5千トンぶんに相当する、恐ろしいものであった。

  何にも知らずに、広島の少女たちは眠っている。

  奴がめざす広島にもうすぐ最後の朝が来る。もうすぐ町が目をさます。

  広島は西日本一の軍都だった。人口は40 万。

  原子爆弾第一号の実験都市として、大事に今日までとってあったのだ。

  そんなこと誰にも分からないけれど、何かが近づいてくるのを、少女たちは感付いていた。

  日の出は5時24 分、ヨシコも靖子も瑤子も家を出て、広島へむかっていた。

  緑は己斐の坂道をとっとと降りる。

  ヒトミは家を早く出すぎて、己斐橋のところで友達を待っていた。

  7時31 分空襲警報解除。

  〈中国軍管区上空に敵機なし〉

  雲の上のエノラ・ゲイ機は無線を受信。

  〈第一目標を爆撃せよ〉

  観測用の器具をのせた二機とともに北進。北東の空から広島へ侵入。
  
  場面は変わり、8時15 分17 秒、原子爆弾を投下する。

  広島市のほぼ真ん中、太田川から元安川が分流するその付け根にかかるT字型の橋、

  相生橋の上空600 メートルで爆発した。

  その時のことを科学者たちは、恐ろしい数字で書きのこす。

  原子の火の中心温度は数百万度、圧力は数十気圧。

  太陽そっくり、直径400 メートルの火の球になって十秒間かがやく。

  爆発点の真下、爆心地は鉄の溶ける温度の倍の4000 度。そして、爆風と放射線と・・・。

  場面は変わり、山田緑は逃げた。川のほうへ友達と手をにぎって走った。


緑:「まって、まってよ、だれかうしろからついてくる。」


N:佐々木先生の声が聞こえる。


佐々木先生:「 はやくっ、逃げるんだ!己斐の学校まで・・・・。さあ、立って逃げろ・・・・。」


N:あとはもう、緑にはきこえなかった。


緑:「先生も生徒もみんなもえた。服も下着もからだもこげて、とけて、だれがだれだかわからないけど……

   緑は緑、県女の生徒。逃げなくっちゃ。」


N:何とか立ち上がって、、歩いて、這って、また走って、逃げた。

  緑が己斐の駅にたどりついたのは1 時頃だった。

  着ていた物はすべて燃えて、はだかの緑は板の間へ倒れたままもう動けなかった。

 場面は変わり、大下靖子は校庭の松の木のしたにうつぶせに倒れていた。


靖子:「背中が痛い。みえないから、なんでこんなに痛いのかまるでわからない。くやしい。」


N:知らないおばさんが靖子を抱いて起こしてくれた。


おばさん:「己斐の学校にお医者さんがいますよ。すぐそこよ。がんばってちょうだい。
      県女の生徒さんでしょ」


靖子:「はいっ、わたし県女の1年生。。ほらね、胸に、校章がついとるもん。」


N:うつぶせのまま、靖子は右の手をあげる。


おばさん:「あんた、大竹かぁ?」


靖子:「・・・そうよ、あんた、・・・だれ?」


おばさん 「きこえるかぁ? 大竹のだれね?!

     大竹のものをさがしとるんじゃ、トラックでつれて帰るんよう。大竹か、あんたっ?」


靖子:「かいへいだんの、かんしゃの、おおした・・・・つれていって・・・・。」


おばさん:「よっしゃ、わかった!」


N:場面は変わり、ちょうどその頃、奥津ヒトミも大竹行きのトラックにひざをかかえてのっていた。


ヒトミ:「もんぺも服も半分燃えて、いまは頭のなかが燃えているみたい。やっぱり熱があるんだ。

     ごろんとねころびたいけど、どっちみても知らん人ばっかり、へんてこな顔の人ばっかり。

     みんな、大竹の人かな?大下さん、もう帰ったかな・・・・。」


N:誰かが優しく声を掛けてくれる。


誰か:「そのままねとりなさい。かわいそうに、ひどいやけどしてから。。。」


ヒトミ:「かわいそうじゃないです・・・。ひーちゃんは8月の組長。責任があるの・・・」


N:そう言ってヒトミは倒れた。

  場面は変わり、森脇瑤子は、山手川の中洲に倒れていた。水につかった足だけが、白い魚のように揺れている。


瑤子:「先、生!」


瑤子:光谷・・・・先生・・・・。」


光谷先生:「・・・・みんなどこへいったのでしょ・・・・出席をとって、しらべましょう・・・・」


瑤子:「・・・・わたし、6組の森脇です・・・・。」


光谷先生:「・・・・出席簿、どこでしょう・・・・もって、きて」


瑤子:「・・・・は、い、先生。」


N:光谷先生と並んで瑶子は、観音村の学校の板の間にねていた。

  〈厳島 森脇瑤子 12 歳 11 時21 分〉と書いた紙が手首につけてある。

   ついさっき、瑶子は死んだのに、自分ではまだ寝ているつもり・・・・・。


瑤子:「待って、待って、待ちくたびれたけれど、お兄さんが探しに来るまで、瑶子、待ってるの。

    お母さんも来てくださると、いい、な・・・・・。お父さんも・・・・・。」


N:朝が来たとき、6組の54 人の少女たちは、ほとんど死んでいた。






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